美しいロマンティックな伝説の残る愛妻家聖地・嬬恋村へ・・・
 愛妻家聖地・嬬恋村

■愛妻家聖地発信基地・嬬恋村へようこ!

名前の由来は・・・・
群馬県吾妻郡嬬恋村
GUNMAKEN AGATUMAGUN TUMAGOIMURA
前の由来は、「ヤマトタケルノミコト」が愛する妻の「オトタチバナヒメ」を想い「ああ・・あづまはやと、妻恋し」と叫んだ事から吾妻、妻恋となったと、今に伝えられています。愛妻家伝説の発信基地。

愛妻家・聖地・嬬恋村・・。Tsumagoi Aisaika Holy-place

■ロマンティックな伝説の残る高原と広大な美しいキャベツ畑


■愛妻家聖地・嬬恋村の由来について・・・




■愛妻家聖地について・・・・・吾が嬬恋し村

日本書記によると1900年前に、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は、弟橘姫(オトタチバナヒメ)という奥様の死を悲しんで、嬬恋村で弟橘姫の名を叫んだ。ですから嬬恋村という名前の由来は、ここからきています。

■妻に恋するから・・・ 嬬恋(つまごい)村と言う吾が妻恋し村

村の地名が・・・吾妻郡嬬恋村の「吾妻郡(あがつまぐん)」。この名前の由来からエピソードからきています。日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が、妻を思って叫んだ言葉が「あずまはや」と言われます。これが「わがつま・・・」
につながります。


●吾妻郡=わが妻や
●嬬恋=妻を恋する


吾妻郡嬬恋村は、日本愛妻家協会の聖地のいわれになりました。
「あずまはや」を漢字で書くと吾嬬者耶(あずまはや)。嬬恋村の『嬬』という字は、この吾嬬者耶(あずまはや)の文字から・・・・・・・・・

■日本愛妻家協会

日本愛妻家協会のサイトをご覧ください。嬬恋村愛妻家聖地委員会が設立されるきっかけとなったサイトです。
このサイトに嬬恋村の有志たちが立ち上がって、嬬恋村愛妻家聖地委員会が設立されました。


日本愛妻家協会の名誉会長の、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は、世界で初めて愛妻家宣言をした人物と言われています。

 日本愛妻家協会サイト http://www.aisaika.org/
 事務局長ブログ http://www.aisaika.org/

■愛妻家宿泊パックのHPへ
■愛妻家聖地のHPへどうぞ
■愛妻家聖地NHKTV紹介のHPへ
■愛妻家聖地取材風景のHPへ


妻を恋するから・・嬬恋村









■2006年9月12日NHKTVで放映されました。ご紹介します。
キャベツ畑の中心で愛を叫ぶイベント」

NHKTV放映はこちらです。

■ロマンティックな伝説の残る広大な美しいキャベツ畑の中で いつもは恥ずかしくて言えない感謝の気持ち込めて、嬬恋村から愛を込めて、「あいしてるよーーーー!」「ありがとう・・!」「だいじだよーーー!」などと大きな声で奥様に向かって叫びました。

 
■2006年9月13日「NHK・「首都圏ネットワーク・PM60:20〜6;30分」で愛妻家聖地・嬬恋村が放映されました。小説、TV、映画で大ヒットした「世界の中心で愛を叫ぶ・セカチュー」にちなんで「キャベツ畑の中心で愛を叫ぶ・キャベチュー」のイベントがTSUMAGOIMURAで2006年9月10日開催されました。

当日は朝日、毎日、読売、上毛、東京新聞。TBSTV、NHKが取材に来られ、愛妻家聖地・嬬恋村を大々的に取材されました。日本では初めての愛妻家聖地を発信基地として紹介されました。

■NHKで放映されました・・。
2006年9月13日にNHK・首都圏ネットワークで放映された模様を紹介致します。




■「キャベツ畑の中心で愛を叫ぶ」イベントが新聞に紹介されました











■愛妻家聖地・嬬恋村イベント
愛妻家聖地・嬬恋村「キャベツ畑の中


■日本愛妻家協会の公式テーマ曲で、2005年7月に発売されました。
1、.あがつまはや
2、.あがつまはや(嬬恋バージョン)
3、.あがつまはや(カラオケ)


が収録されており、シンガー・ソングライターのきんばらしげゆき氏が、群馬県吾妻郡嬬恋村に伝わる吾嬬者耶(あがつまはや)伝説から着想を得て制作しています。亡き妻を想う日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の逸話を、美しいラブ・ソングに、歌詞もメロディーも覚えやすく、優しいスローバラードです。1,000円

       


■日本武尊とは・・・

■ヤマトタケルノミコトは・・・

日本武尊は第12代景行天皇の子として誕生しました。幼名を小碓命(おうすのみこと)といい、兄の大碓命(おおうすのみこと)とは双子の兄弟ととか・・。が・・・日本武尊は気性が激しく、兄を殺害してしまったため父からは疎んじられていた。
小碓命が16才のとき、父景行天皇は九州の熊襲(くまそ)を平定するように命じました。









■日本武尊と改名・・・
そして九州の熊襲を平定し、日本武尊(やまとたける)と改名し、また西日本の各地も次々と平定しました。 そして宮に戻った日本武尊は、 羽曳野で一人の娘と出会う。 名は弟橘姫(おとたちばなひめ)。 
そして二人は結婚。
 しかし、日本武尊は東国の平定へと向かました。父は、東国の平定を日本武尊に命じたと言う。

オトタチバナヒメ・・・・・・
日本武尊は東征に出発し 相模の国に入る前に奥様の弟橘姫が合流。
船に乗って三浦半島沖から房総半島に向かうが、船出した直後に嵐がきて、雷鳴がとどろき、激しい雨と風に見舞われる。弟橘姫は「海神の祟り」だと言い、海の怒りを静めようと海に身投げたと言う。

■弟橘姫の内助の功・・・・
そして・・・海は静まり、日本武尊たちは上総(千葉県木更津)に渡ることができた。海岸で日本武尊はクシを見つけました。それが弟橘姫のものとわかると悲しみがこみ上げて、去りがたい思いでいっぱいになりました。

あずまやはやへ・・・・・・
この後、東国を平定し、日本武尊たちは帰途につきました。そして、関東地方を去るにあたって嬬恋村で「あずまはや(わが妻や)・・・・・」と言われた伝説が残っていると言う・・。

■恋村愛妻家聖地委員会
嬬恋村愛妻家聖地委員会は、2006年1月9日に、嬬恋村村長および嬬恋村の諸団体の長および賛同者の約40名をもて、結成されました。
嬬恋村愛妻家聖地委員会は、単なる村おこしのための活動をしているわけでもないのですが・・。金もあまり有りません・・スポンサーもありませんが、聖地に必要なモノは、そういう財力よりも、愛妻というキーワードを大切に守り抜こうする、微力ながらの小さな発信基地がスピリットです・・。

   





■村内にある愛妻神社 五ヶ所(田代神社・大笹神社・干俣神社・今井神社・三原神社)に有ります。これらの神社は、すべて、日本愛妻家協会の名誉会長である日本武尊様を祀って有ります。
■日本武尊ゆかりの5神社
干俣神社 今井神社 三原神社
■人の住んでいる場所に位置する神社。 ■民家が並ぶ場所に位置する神社。 ■深淵なる森深い中にひっそりと佇んでいます
大笹神社 田代神社 日本武尊
■村の生活圏にある幼稚園隣接に有る神社。 ■村の行き交う道に小さな公園が隣接する場所に有る神社。 ■ヤマトタケルノミコト画像



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