■百体観音巡りアルバム T

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百番道しるべ観音・・・
昭和48年11月18日





長野県東御市(旧東部町)の一体を一番として嬬恋村鹿沢温泉までの峠の道すじに「石町・道しるべの意」として呼ばれ百体観音様が建てられいます。
この、観音様は「地蔵峠道しるべ観音」とも言われ旅の安全を祈り、道しるべの役目を果たすたものです。
この道しるべによって入湯客は随分助けられたものと思われます。
この「紅葉館」隣にある百番目「百番道しるべ観音」は東御市に安置されている「一番」と共に最も豪華な観音様です。
この観音様は千手観音・半肉立像で規模は総高242p有ります。
台座に「願主湯本中」と有る事から、寄進者は鹿沢温泉の人たちである事が分かります。
他の観音様の様に石材は安山岩で台座は六角円等型四重で、特に蓮華座の花弁の大きさな浮き彫り力に満ちています。


     
■嬬恋村・鹿沢温泉・百番目の観音様 すぐ近くにある道案内の看板です。
嬬恋村からスタートの目印です。100番から長野県・新張(みはり・1番観音)までの4里(12q)の遙か江戸時代の面影を旅人に語りかける百体観音巡りをお勧めします・・。
  
                                  嬬恋村教育委員会


■百体観音コースの説明文を掲載しました・・。百番観音にて・嬬恋村側


■百体観音石造町石










指定年月日 昭和43年3月27「日
所在地  東御市大字弥津新張一帯
指定理由  湯道に道しるべとして造立された観音百体は貴重な民族資料で

■弥津の新張(みはり)から、旧鹿沢温泉(山の湯)まで約12qの間、人家のない山間の険しい湯道を観音様を拝みながら、観音にみちびかれて安全を温泉に至る事を願って観音様を建て湯治に通う人々の道しるべにしたもの。
たどり着く先が寺や神社でなく湯治場で、しかも多様な観音像であるところのこの町石の特色がある。

■この一番観音は百番観音は(百体中最大のもの)有名な石工、三沢伊兵衛の流をくむ高遠石工の山中暉雲の作で有る事が刻銘でわかった。

■台石に「西国一番」と刻まれているのは、西国33ヶ所、坂東33ヶ所、秩父33ヶ所、合わせて100ヶ所の観音霊場を巡り功徳をつかんだ巡礼者が三霊場巡礼の功徳にすがり湯治の効能にあずかろうとした当時の人々が深い信仰によるものである。

■百体観音全て江戸末期から明治初期にかけて建てられたものである。
一番観音は地元新張の寄進に寄るのもの。

■同区の婦人の信仰は厚く毎年「19夜念仏」の祭りをおこなっている。

■険しい峠を越える12qの「湯道」の観音像を配置して、道行く人々を励まし、併せて霊場巡礼の功徳と湯治の効能にあずかろうとした発想には、卓抜なもんがあり、全国的にも例を見ない貴重な民族資料でもあります。

                                 東御市教育委員会


■百体観音コースの説明文を掲載しました・・。一番観音にて・長野県



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