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■新張から地蔵峠を越えて、旧鹿沢温泉に行く間の山道(約12km)の脇には、一番から百番までいく種類かの観音様が、1町(約110m)ごとに祀られています。これを「百体観音石造町石」言います。町石とは(丁石、路傍に立てて1町毎に道標を印した石の事)
■ 石仏は一体一体大きさも形も違い、10番ごとに大きく造られています。鹿沢の湯泉は大変、体を丈夫にするということで、昔から多くの人々の湯治場となっていました。この峠越えの険しい山道「湯道」を観音様を拝みながらそのお力にすがり、湯治を行ったのだそうです
百体観音の種類は、聖観音、千手観音、十一面観音、馬頭観音、如意輪観音、准てい観音の6観音です。
■百体観音像造立が計画されたのは幕末分久4年(1864年)。全ての建立が成ったのは明治6年(1874)である。「勧化帖」によると初願人は鹿沢温泉樽原所右衛門あで、世話人は新張村中であり、資金寄付金者の分布は地元だけでなく広く他府県にまで及んでいる。
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